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「どう住むか?」とは言い換えると「どう生きるか?」ということだが、より「生活」に即した意味で「どう住むか?」というタイトルにしている。つまり生きる中での生活にフォーカスを当てている。

「どう生きるか?」というタイトルにすると、どうしても「仕事」に焦点が行ってしまう。そして今、仕事に焦点を当てることの蓋然性は極端に低くなった。なぜならAIの登場で、仕事の意味がガラリと変わってしまったからだ。これまでほとんどの人が目指していたホワイトカラーの仕事が、急に価値のないものとなってしまった。

皮肉な話しといえば皮肉な話だが、2025年に最も倒産した割合の高い職種が経営コンサルタントだそうである。そもそも「経営」つまり会社そのものがなくなりそうなのだから、その前段として経営を助けるコンサルタントがなくなるのは当然といえば当然である。

このことから分かるのは、AIができる前までの世の中の仕事という
[質問]
去年、1人で磯部温泉という所に行ってきました。そこに行く時に、信越本線という路線を利用したのですが、1時間に1本ぐらいしか運行していませんでした。都会の近くで生まれた自分にとっては、カルチャーショックを受けました。そして、不便さを感じました。なぜ、あちらの方では電車が1時間に1本ぐらいしか出てないのでしょうか? 地方の方だからでしょうか? また、電車の運行本数を増やす方法はないのでしょうか?

[回答]
1時間に1本なのは単純に使い人が少ないからです。そしてもう長い間、使う人は減り続けています。今後も増える見込みはほぼゼロです。そのため増やすという方向性は全くなく、むしろもっと減らすか完全に廃止するというのを、誰もが模索している状況です。

なぜ鉄道を使う人が減っているかというと二つの原因があります。一つは自動車の普及、もう一つが人口減少です。特に自動車は、今後自動運転が出てくる
人は錯覚が好きである。なぜか? それは郷愁を感じるからだ。なぜ錯覚を見ると郷愁を感じるのか? それは、自分が騙されていることを思い出させてくれるからである。

人間は誰もが騙されている。誰に騙されているか? 他ならぬ本人である。本人の脳に騙されている。

例えば、人間の目は球体である。魚眼レンズと同じ形状だ。だから、それで見た光景は魚眼レンズのような歪んだ形で脳に届けられる。

ところが、それを脳が補正して人間の意識に伝えている。おかげで我々は、魚眼レンズではない映像を見せられている。望遠レンズで撮ったような、真っ直ぐなものが真っ直ぐに見える映像を見せられている。

普段、人間はそのことに気づかない。騙されたままである。ところが魚眼レンズで撮った写真を見た途端に、何かそこに懐かしさを感じるのだ。自分が本当に見ていたものを見せられた気になる。それで、自分の脳を疑い始める。自分の脳に不信を抱く
ハックルベリーに会いに行く

『もしドラ』作者の岩崎夏海です。このブロマガでは、主に社会の考察や、出版をはじめとするエンターテインメントビジネスについて書いています。写真は2018年に生まれた長女です。

著者イメージ

岩崎夏海

1968年生まれ。男性。本名同じ。東京都日野市出身。東京芸術大学美術学部建築科卒。 秋元康氏に師事し、放送作家や秋元氏のアシスタントとして17年間働き、AKB48にも関わる。独立後、『もしドラ』を著し41歳で作家に。 ブロマガのタイトルは、大好きなザ・ブルーハーツの「1000のバイオリン」より。

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